おっはようございますぅ。
◉今日のカラダのお勉強は、脚上げ、キープ(アラセゴンド)する方法。
先日のバレエの講習会でも質問があったので。
脚を上げるには、日常には無いので、(笑)、トレーニングは必要です。
パッセからあげたり(デベロッペ)することが多いかと思いますが、付け根で我慢してあげて、中途半端な角度だとかなり辛くて、他のところに緊張が生まれてにっちもさっちも行かなくなります。
それを何度続けてもなかなか前進しません。
動画のようなアプローチも一つの方法で、(少し上級編)
・坐骨の上で操作する
ようなイメージでパンシェからあげていくと、操作しやすいです。
付け根を掴む力も必要ですが、少し息苦しい。
脚を少しわざとはずしといて坐骨の上に脚を乗せるように、元で立たせる、なんです。
もちろん、軸を真っ直ぐに立たせるインナーコアの力が必要。それもトレーニングになります。軸足で頑張らないように!
・まずは、出来上がりのいい形状記憶をカラダに与えてあげる
ということがものすごく大事。
悪い癖を染み込ませてしまうと、条件反射的にカラダの緊張が先にできてしまい、動きを必ず阻みます。
それなのに、ずっと同じようにしか練習しないのは、とても非効率的です。できない練習をしているようなもの。
そのためには、緊張を作らない練習に変えないとです。
・
中途半端な角度だと、太ももと胴体が離れすぎて、耐えるだけで精一杯になりますので、
・軸足(片足)のトレーニング(これが最も大切!)
・太ももを腕で抱えて体側につける刷り込み
・膝を伸ばす、使い方とトレーニング
・動画のような、いつもと違うアプローチ
・先に床でやって、緊張しない、いい形状記憶をさせる
というようなことをしてから、
あげるのは、これらを刷り込んでから最後のトレーニングにします。
それでも立位になると緊張はしますので、そうならないような、インナーコアでの動じない軸を獲得することがまず最優先事項です。
・
やみくもにやるのが一番NGことです。
自分のカラダの状態をよく知りましょう!
是非ライブで〜〜!(。•̀ᴗ-)و ̑̑✧お待ちしております。
やってみなくちゃわからない!
あ、トレーニングしている間はあちこち緊張して痛くなるから、ケアを忘れずに!それが大事!ほっとかないように!
〆(。。)本日のお言葉 by 草場一壽
知人が亡くなった・・・残念だ
死者はもう充分に報われている。安らかだ。
心が残る・・・残念なのは、生きて在る者の側。
安らかなれと語りかけるのは、自らの内に。死者の名を借りて、私たちはわが身を慰める。そうと分かっていても、むろん「残念」だ。
悲しみこそは、正直で、貫くべき感情だと思う。
でも、嘆くことはないと知れば、祈りのカタチも変わるかも知れない。
素晴らしい出会いであったこと
それを互いに作ったこと
味わったものの深さ
ともに見たものの美しさを思うと
有り難き日々を生きたことへの感慨で
胸が熱くなる。
▼『死者はもう充分に報われている』
という一文がとても印象的で、ハッとします。
死とは、仏様になることだから、赦された、ということなんだと私は解釈しています。その人の人生にいいことも悪いこともあったことすべてを神様が認めて、もうチャラ(ちょっとチャラい言い方ですいません)にして、次のステージに行っていいよ、と合格点をくれる、のだと思います。
災害や何かで亡くなった人はどうなのか、と考えた場合、今の私にはまだわかりませんが、
『残念なのは、生きて在る者の側。』の方を試されている氣がします。氣付きを与えるためというか。
残念というより、無念です。
何をそこから学ぶのかは、私たち次第です。
死を感じることは、かなり人をいいも悪いも人を正直にも素直にもさせると思います。
私も人生はたぶん半分過ぎたので、死の方寄り。汗
どう死に向かっていくか、ではなく、いい死が迎えられるように、日々、大事に生きること、何かにとらわれてしまし、「今」を真正面から見ていない。
人は「一瞬」にしか生きられません。
だからこそ、余計な無駄なことにとらわれず、「今」できることに楽しみ、リア充になることに努力した方がいいと心から思います。
そして、よろしくない歴史を繰り返さないように、いいものは継承して、DNAさえ乗り越えていく、のが今の自分の使命ではないかと思うのであります。
難しいですね、生きるとは。
・
寒い1週間のようです。
春は、骨盤が右側から開いていく時期で、結構腰が痛くなります。
油断せず暖かくしてお過ごしください!
happy Tuesday !!!!+.゚(´▽`人)゚+.゚